expressly or impliedly (明示的または黙示的)

expressly or impliedly (明示的または黙示的)

 上記の2つの語は、対でよく使用され、契約書や法律関係のテキストで頻繁に見かける表現です。文脈によっては、express or implied、あるいはexpressed or impliedとして使われています。後で引用する加藤と丸山の対談に出てくるように、explicitやimplicitが使われることもあります。法律用語としては、「明示的または黙示的」、あるいは「明示または黙示」という日本語が使用されています。ここで取り上げたのは、ときどき、「黙示的」や「黙示」を、「暗示的」や「暗に、暗黙に」と訳している場合を見かけることがあるからです。以下に見るように、法律用語としては、「黙示的」「黙示」はすでに定着している表現です。なぜ、このような誤訳(?)が生じるのか。しかも、自他共に英語の達人とされている人たちの訳から生じているのです。ここで考えてみようと思います。

  • (1) All Confidential Information is provided "AS IS", and without any warranty, whether expressed or implied, as to its accuracy or its completeness. (すべての秘密情報は、「現状のまま」にて提供され、かつ、それが正確であるか、または完全であるかに関し、いかなる明示または黙示を問わず、一切の保証も行わない。)
  • (2) A proposal is sufficiently definite if it indicates the goods and expressly or implicitly fixes or makes provision for determining the quantity and the price.(申入れは、物品を示し、並びに明示的又は黙示的に、その数量及び代金を定め、又はそれらの決定方法について規定している場合には、十分に確認しているものとする。)

 (1)は契約書の条項です。(2)は「国際物品売買条約に関する国際連合条約第14条第1項の後段」の規定です。

 冒頭にも書きましたように、英語の達人と自他共に認める人たちが、「黙示的・黙示」を「暗示的・暗に・暗黙に」と訳出しているのには、3つの原因があるのではないか、と思われます。1つは、このimpliedやimpliedlyが、英語の堪能な人たちには極めて日常的なimplyという動詞の意味である「暗示する、ほのめかす」などからの連想で、その形容詞や副詞に「暗示的」とか「暗黙に」の日本語を安易に当ててしまう、またはそのような人たちには「黙示的」という日本語が日常に使用する日本語ではないということです。2つには、日本の代表的な英和辞典が、「黙示的・黙示の」という語を載せていないことによるのではないかと思われます(すべてではありません。「ジーニアス」には載っています)。たとえば、研究社の「新英和大辞典(第六版)」では、「含意された、暗に含まれている、暗黙の、言外の」を挙げ、「黙示の」という日本語は載せていません。このことも誤訳(?)の原因の1つかも知れません。第3は、このような人たちが法律の基本書を読む機会がなかったことにその原因があるように思えます。たとえば、「明示又は黙示」という表現は、少しでも法律の基本書を読んだことのある人にとっては、どこかで目にする表現です。その例示には枚挙に暇がないほどです。その中でたとえば、「品質は、法律行為の性質(587条参照)又は当事者の意思によって定められる。当事者にとって品質は重要だから、明示又は黙示の合意で定まっているのが普通である」(中田裕康『債権総論』(岩波書店、2008、35-36頁)というように、いろいろなところで登場します。それに、たとえば、田中英夫編『英米法辞典』(東京大学出版会、1991)のような法律専門の辞典にあたってみれば、implied power(黙示的権限)やimplied terms(黙示的条項)、implied warranty(黙示の担保責任、黙示の瑕疵担保責任)等がありますので、すぐ気がつくのではないかと思うのです。

 法律用語としてのimpliedまたはimpliedlyを「暗示的」とか「暗黙に」と訳す人たちで、特に、上記の第1や第3の原因によると思われる人については、加藤周一と丸山真男の対談がそれを余すところなく伝えているように思います。

 その対談は、丸山真男・加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書、1998、132-133頁)で二人によって行われているものですが、そこでの加藤と丸山とのやり取りは、この用語の訳語を考えるに当たって興味深いものがあります。長くなりますが以下に書き上げてみます。

  • 丸山: ......consentには、implicit consentとexplicit consentがあるのです。 「黙示的承認」と「明示的承認」。
  • 加藤: それは法律用語ですか。
  • 丸山: そうです、「明示」と「黙示」といいます。
  • 加藤: ふつう日本語では「明示」というが、「黙示」は言わない。日本では「黙示的」というのは法律家のみの言葉だな。implicitという英語は法律家でなくてもふつうに使うけれど。
  • 丸山: implicitというのは、英語でも本来は法律用語でexplicitに対する言葉なのね。法律用語が一般化した例でしょう。これにはexpressed, impliedと書いてある。ぼくら学生時代には、このexpressedというのをexplicitとして習ったし、impliedはimplicitとして習った......。

 加藤の発言が教えているように、契約書や法律用語とは無関係な文脈で使用される場合には、impliedやimpliedlyを「暗黙に」とか「暗示的」とかに訳すことは十分許されることで、それどころか、そのほうが適訳で、「黙示的」は不自然な訳語となるでしょう。でも、契約書や法律用語としては、expressly or impliedlyは、「明示的または黙示的」と訳さなければ誤訳となってしまうでしょう。以上のことは、平易な語ほど誤訳が発生しやすい好例のような気がするのです。

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