アンビギュイティ(ambiguity)と契約書の翻訳(契約翻訳)第1回
アンビギュイティ(ambiguity)と契約翻訳
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アンビギュイティ(ambiguity)とは、契約書において、ある単語、句もしくは文章、1つの文章の段落もしくは項、または関連の契約書その他の文書の重複条項が2つ以上の異なる意味をもっている状態を指すものとして使用する。以下では、契約書の翻訳(契約翻訳)に役立たせようとする目的をもって、アンビギュイティ(ambiguity)である、と争われた契約にかかわる判例を取り上げ、そこで争われた契約書の言葉の表現を参考にして今後の翻訳に生かそうとすることを狙いとしている。
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契約書は、自然言語(natural language)で書かれ、一般用語(general language)を使用して作成される。この自然言語、一般用語は、H. L. A. Hartのいう「綻び(open texture)」をもっているため、契約書にもその綻びが生じてくることになる。(注1)たとえば、「bank」という語は、「川岸」という意味と「銀行」という意味をもっている。「sanction」という語は、「認可」という意味と「制裁」という相反する意味をもっている。このような言葉・言語固有の「綻び」をもつ自然言語・一般用語を契約書は使用して作成するために、当然に、契約書の内容にも「綻び」が生じる。
(注1)(H.L.A.ハート(長谷部訳)2023)H.L.A ハート 長谷部恭男訳『法の概念( 第3版)』(ちくま学芸文庫、筑摩eBooks、2023)、第VII章第1節。(H.L.A. Hart 1961)H.L.A. Hart, The Concept of Law, Oxford, 1961, pp.12 – 5
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このような「bank」とか「sanction」のような語は、契約書の文脈や契約書の全体から容易に判断がつく場合も多いであろう。しかし、その判断が容易でない場合も生じる。たとえば、契約締結当時には予想もしなかった意味が加わり、アンビギュイティ(ambiguity)が生じる場合などである。「No vehicle may be taken into the park(いかなる乗り物も公園に持ち込んではならない)」の「vehicle(乗り物)」には、「自動車、モーターバイク、ローラースケートなど」が含まれるか、という問題とともに、この文書が作成された時に予想されていなかった、その後に作られ販売された「おもちゃの電気自動車(a toy motorcar electrically propelled)」は、この「vehicle」に含まれるのか、という難しい問題も起こりうる。(注2)
(注2)(H.L.A.ハート(長谷部訳)2023)第VII章第1節。(H.L.A. Hart 1961)pp. 125 – 6
[1-004]
上に例示したアンビギュイティ(ambiguity)は「意味論上のアンビギュイティ(Semantic Ambiguity)」と呼ばれているものであるが、このほかにも、「統語論上のアンビギュイティ(Syntactic Ambiguity)」、「文脈上のアンビギュイティ(contextual ambiguity)」と呼ばれているものがある。(注3)(注4)(注5)本項では、この分類基準に従って判例を検討する。
(注3)(Adams & Gramer 2020)Cynthia M. Adams ・Peter K. Gramer, A Practical Guide to Drafting Contracts From Concept to Closure, Second Edition, Wolters Kluwer, 2020, pp, 69 – 70
(注4)(Espenschied 2019)Lenné Eidson Espenschied, CONTRACT DRAFTING powerful prose in Transactional Practice, Third Edition, American Bar Association, 2019, pp. 35 – 43
(注5)(Doonan & Foster 2001)Elmer Doonan & Charles Foster, Drafting, 2nd Edition, Cavendish Publishing Limited, 2001, p. 98
[1-005]
契約書のドラフティングを取り扱っている専門書は、契約書作成に当たって注意しなければならない1つとして「Avoiding ambiguity(アンビギュイティを避けること)」をあげる。(注6)(Farnsworth 2004)は、紛争が生じている契約の多くは、契約書が正確に書かれていなかったことによる。したがって、紛争が生じて裁判で問題になった契約書は、その後に別の契約書を草案する者の教訓(lesson)となる(注7)、と言っている。この教訓は、契約翻訳にも当てはまる。
(注6)(Adams & Gramer 2020)p. 68は、明確(clear)・簡潔(concise)・正確な(precise)文章で契約書を草案する重要な原則として、次の5つを挙げている。(1) アンビギュイティ(ambiguity)を避けること。(2)契約書の書式、文体および用語方法を統一すること。(3)文法および句読点のルールを守ること。(4)易しい語・句を選択すること。(5)短い、易しい文章で書くこと。
(注7)(Farnsworth 2004)E. Allan Farnsworth, Contracts, Fourth Edition, ASPEN Publishers, 2004, p.414
[1-006]
「アンビギュイティ(ambiguity)と契約書の翻訳(契約翻訳)」という、ここで取り上げる主要な目的も、契約書の草案における目的と多くが重なる。その違いは、契約翻訳それ自体がもっている固有性にある。契約翻訳の場合、すでに草案された原文があり、それを前提として文書を作成する。以下でアンビギュイティ(ambiguity)があるとされた判例を取り上げ検討しようとする目的は、翻訳に当たって、原文には存在しないアンビギュイティ(ambiguity)を翻訳文において生じさせないこと、あるいは原文にアンビギュイティ(ambiguity)が存在するようなことがあれば、これを翻訳文において回避することにある。
[1-007]
(Espenschied 2019)は「Ambiguity is the blight of enforceable contract(アンビギュイティは実施されている契約書の害虫である)」(注8)と言っている。契約書翻訳の主要な目的の1つは、原文に発生していない「害虫(blight)」をそれが翻訳された契約書に発生させないようにすること、仮に原文に害虫が発生しているような場合には翻訳された契約書でこの害虫を駆除することにある、と言うこともできよう。
(注8)(Espenschied 2019)p.32
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以下「アンビギュイティ(ambiguity)と契約書の翻訳(契約翻訳)」の検討を始めるに当たり、はじめに、イギリスとアメリカにおけるそれぞれ特異な法現象を一つずつ取り上げ確認しておきたい。それらは今後の検討を進める上で基底をなす事項と思われるからである。
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イギリスについては、貴族院(上告委員会)(the House of Lords)と最高裁判所(the Supreme Court)(注9)が明らかにしている契約解釈の原則の1つである「business common sense/ commercial common sense」に関わることである。Lord Hoffmanが1998年にInvestors Compensation Scheme Ltd v West Bromwich Building Society事件と2009年のChartbrook Ltd v Persimmon Homes Ltd事件で契約解釈の原則の1つとして提示し、2011年のRainy Sky SA v Kookmin Bank事件でLord Clarkeによって軌道修正され、2015年のArnold v Britton事件において、Lord Neubergerが発展させている概念に関わることである。
(注9)(溜箭 2016)溜箭将之『英米民事訴訟法』(東京大学出版会、2016)5頁(「最高裁は、2005年憲法改革法により設立され、2009 年10月に運用を開始したもので、それ以前のイギリスの最高裁判所は、貴族院上告委員会であった。」)
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他方、アメリカについては、民事陪審とコモン・ローとエクイティの2大法体系についてである。今日、アメリカ合衆国のほとんどの州では、コモン・ロー裁判所(law court)とエクイティ裁判所(chancellor court)は統合され、民事裁判は同一の裁判所で同一の訴訟で解決されている。それにもかかわらず、今日、コモン・ローとエクイティの区別は、アメリカでは、民事陪審(civil jury)との関係で実務上重大な役割を果たし続けている。この2つの法体系は、個々の民事訴訟において、合衆国憲法第7修正あるいはほとんどの州の憲法で保障されている陪審審判を受ける権利の有無を確定するために機能し続けている。このような理由から、はじめに、民事陪審と「コモン・ローとエクイティ」の問題を取り上げておきたい。
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上記のようなイギリスとアメリカのそれぞれにおける特異な法現象と思われるものは、本稿の目的のために判例を検討するに際して把握しておくべき基礎的な知識となる。
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イギリスの特異な法現象の話題に入る。
イギリスの貴族院と最高裁判所は、取り扱ったいくつかの事件のなかで、裁判所が指針とすべき契約解釈の原則を述べており、これはイギリス法の契約解釈の原則と理解されている。(注10)その事件は、1998年のInvestors Compensation Scheme Ltd v West Bromwich Building Society事件、2009年のChartbrook Ltd v Persimmon Homes Ltd事件、2011年のRainy Sky SA v Kookmin Bank事件、2015年のArnold v Britton事件、2017年のWood v Capita Insurance Services Ltd事件である。ここで取り上げようとするのは、取引上の良識(注11)(business commonsense/ commercial common sense/ commercial good sense)にかかわる事件として、1998年の事件、2009年の事件、2011年の事件と2015年の事件を取り上げる。
(注10)(McKendrick 2023)Ewan Mckendrick, Contract Law, Fifteenth Edition, HART 2023, p. 189
(注11)貴族院と最高裁判所が使用している「business common sense/ commercial common sense」は、(島田 2014)島田真琴『イギリス取引法入門』(慶応義塾大学出版会 2014)79頁は、「取引上の常識」の訳語を当てている。(McKendrick 2023)は、「commercial good sense」と書き替えている。この「commercial good sense」を日本語に翻訳して、以下「取引上の良識」の日本語訳で統一することにする。なお、日本において、2017年債権法の改正で、「取引上の社会通念」という用語が民法に9か所(民法95条、400条、412条の2,415条、478条、483条、504条、541条、528条の2)新たに書き込まれた。日本法令外国語データベースでは「the common sense trading practices」と翻訳されている。
[1-013]
1998年のInvestors Compensation Scheme Ltd v West Bromwich Building Society事件(以下「ICS事件」という)において、Lord Hoffmanは、イギリス契約法の解釈方法について、5つの原則を掲げて、文理解釈から目的解釈(文脈解釈)への変更を宣言した。(注12)取引上の良識に関するものは、第4原則と第5原則と関係がある。
(注12)(Pool’s Casebook 2023)Robert Merkin & Séverine Saintier, Poole’s Casebook on CONTRACT LAW, 16th EDITION, Oxford 2023, p. 235
[1-014]
ICS事件の第4原則と第5原則は、概略、次のようなものである。
(第4原則)
文書(document)の意味と言葉(words)の意味とは同じものではない。言葉の意味は辞書や文法上の事項であり、文書の意味は関連の背景(知識)(relevant background)に対して言葉を使用した両当事者が意味していたと通常人(the reasonable person)が合理的に受け取る意味である。この背景(知識)によって、通常人は、アンビギュイティである用語(words which are ambiguous)によって生じる可能性のある意味のうちの1つを選択することが可能となるばかりでなく、両当事者が間違った言葉または文法を使用したに違いないと結論を下すことが可能となる。
(第5原則)
言葉は「自然の意味および通常の意味(natural and ordinary meaning)」を与えられるべきであるという原則(rule)は、正式の文書で人々は言語上の間違いをおかすことはありえないという常識(common-sense)を前提としている。しかしながら、背景(知識)から判断して、言語上何か間違いがあったに違いない(something must have gone wrong with the language)と思われるような場合には、裁判官は、法律上、両当事者が明らかに有していたはずはないと思える意思を当事者の意思ではないとすることができる。この場合、契約書の言葉の意味は、business common senseに従う。(注13)
(注13)Investors Compensation Scheme Ltd v West Bromwich Building Society (No.1) [1998] 1 WLR 896 (HL)、(Pool’s Casebook 2023)pp. 236 – 7
[1-015]
ICS事件における第4原則・第5原則は、2009年のChartbrook Ltd v Persimmon Homes Ltd事件(以下「Chartbrook事件」という)(注14)の判決において、具体的に適用された。Chartbrook はPersimmon との間で土地開発契約書を締結し、自己が所有している開発用地に複合商業住宅開発を行うことをPersimmonに許可し、Persimmonが建設し販売する貸店舗、居住建物および居住用駐車場からの収益の一部を受け取ることになった。事件は、その開発契約書の定義条項のひとつである「追加建売支払金」について、その条項に定める計算方法の解釈について争いとなった。
(注14)Chartbrook Ltd v Persimmon Houses Ltd UKHL 38 [2009] WLR 267 (HL) .(TREITEL/ Peel 2020)Edwin Peel, TRIETEL THE LAW OF CONTRACT, Fifteenth Edition, SWEET & MAXWEL 2020, pp. 251- 2. (Catterwell 2020)Ryan Catterwell, A United Approach to Contract Interpretation, HART 2020, pp. 152 – 155.(CALNAN 2017 (eBook))RICHARD CALNAN, PRINCIPLES OF CONTRACTUAL INTERPRETATION, SECOND EDITION, OXFORD 2017, [7.126] – [7.30].(島田 2014)80頁
[1-016]
追加建売住宅支払金とは、次のように定義されていた。
| “Additional Residential Payment” means 23.4 per cent of the price achieved for each Residential Unit in excess of the Minimum Guaranteed Residential Unit Value less the Costs and Incentives. |
| 追加建売住宅支払金とは、費用及びインセンティブを差し引き、最低保証建売住宅価格を超える各建売住宅売上価格の23.4パーセントを意味する。 |
[1-017]
Chartbrookは、該当の規定を通常の意味に解釈して、「追加建売住宅支払金(「ARS」)の計算方法は、(1)各建売住宅売上価格を確定する、(2)この額から、最低保証建売住宅価格と費用とインセンティブを差し引く、(3)得られた数字に23.4パーセントを乗じる、によると主張した。この計算によれば、4,484,000ポンドになる。
[1-018]
Persimmonは、「追加建売住宅支払金(「ARS」)の計算方法は、(1)各売上住宅売上価格から費用とインセンティブを差し引いて純売上高を確定する、(2)この額に23.4パーセントを乗じる、(3)この額が最低保証建売住宅価格を超える額を得る。このようにして得られた額がARSの金額であると主張した。この計算によれば、897,000ポンドとなる。
[1-019]
第一審、控訴審とも、Chartbrookの解釈が使用されている言葉の最も自然な解釈であるとしたが、貴族院は、全一致で、Persimmonの解釈を支持した。
[1-020]
Lord Hoffmanは、ICS事件の第4原則・第5原則を適用して、次のように言う。
[1-021]
Lord Hoffmanは、第5原則の「言語上何か間違いがあったに違いない(something must have gone wrong with the language)」と思われる場合に該当する、取引上の良識(commercial common sense)に反する例外的な事例である、とする。その主な根拠として、契約書の他の箇所に「the date of payment if any」の規定に「if any」の語句が挿入されているように、支払日が存在しない場合のあることが想定されている規定であり、Charbrookの解釈によれば支払日は必ず発生することになり、契約書の文言と矛盾する。これは、契約は物価が上昇している事情のもとで締結され、物価が上昇して建売住宅が当初予定していたより高く売れた場合の「追加の支払い」を規定したもので、偶発事象に対する規定であり、通常人(the reasonable person)であればPersimmonが主張しているように理解したはずである、とする。
[1-022]
Chartbrook事件の判決によれば、アンビギュイティ(ambiguity)があるとして裁判所に提起された契約書の文言を裁判官が「取引上の良識」に反する規定であると考え「言語上何か間違いがあったに違いない」と判断するときは、裁判官によって契約書の文言が書き換えられるのではないかという危惧も生じてくる。法的安定性という点からも批判がなされるであろう。このChartbrook事件の判決は、次に検討する、2011年のRainy Sky SA v Kookmin Bank事件で軌道修正される。
[1-023]
2011年のRainy Sky SA v Kookmin Bank事件(以下「Rainy Sky事件」という)(注15)は、造船契約で造船会社に支払われる分割払い金に対して銀行が保証状(bond)を発行することがよく行われる銀行の保証状に関するものである。買主は造船会社に船舶の建造を依頼した。買主は、船舶が建造されるまでの間に、建造金額を分割で前払いすることになった。船舶の引渡しが行われない場合、この前払いの分割金が買主に返金されないときは、この返金を保証するのが銀行発行の保証状の目的であった。造船会社が造船建設中に破産し、船舶の引渡しを受けなかった買主は、保証状に基づき、支払済みの分割金の返金を銀行に求めた。銀行は保証状の該当の規定がないことを理由に支払いを拒否した。裁判で争われることとなったのが本件の事件である。
(注15)Rainy Sky SA v Kookmin Bank [2011] UKSC 50, [2022] 1 WLR 2900 (SC) .(Pool’s Casebook 2023)pp. 237 – 240. (Catterwell 2020)pp. 147 – 9. CALNAN 2017 (eBook))[6.29] – [6.32].(島田 2024)79頁
[1-024]
銀行発行の保証状は、第1項で造船契約を引用し、第2項および第3項で、次のように規定する。
| 2. You (the buyer) are entitled, upon your rejection of the vessel in accordance with the terms of the contract, your termination, cancellation or recession of the contract or upon a total loss of the vessel, to repayment of the pre-delivery instalments of the contract price paid by you prior to such termination or a total loss of the vessel (as the case may be) … |
| 2.本買主が本契約の条項に基づき船舶の受渡しを拒否するとき、本買主が本契約を終了し、解約し、若しくは取り消すとき、又は船舶が全損状態にあるときは、本買主は、船舶の当該全損前に(それぞれの場合に)本契約により買主が支払った引渡前分割金の返金を受ける権利を有する。 |
| 3. In consideration of your [the buyer’s] agreement to make the pre-delivery instalments under the contract, we [the bank] hereby, as primary obligor, irrevocably and unconditionally undertake to pay to you [the buyer] … all such sums due to you under the contract… |
| 3.本買主が本契約により引渡前分割金を支払う(造船)契約の対価として、当銀行は、主たる債務者として、本買主に対し、取消不能かつ無条件で、本契約に基づき支払義務のある当該全ての金額を本買主に支払うことを約する。 |
[1-025]
買主は、3項の「all such sums(当該全ての金額)」とは、「the pre-delivery instalments(引渡前分割金)」のことであり、したがって、銀行は買主が支払った全ての引渡前分割金を買主に支払う義務がある、と主張する。
[1-026]
銀行は、3項の「all such sums(当該全ての金額)」とは、2項の「the pre-delivery instalments(引渡前分割金)」のことであり、その場合の引渡前分割金が返金される場合とは2項に明記されている場合(船舶受渡し拒否、本契約の終了・解約・取消しの場合、船舶全損の場合)に限定され、破産はそこに明記されておらず、2項の場合に該当しないので、返金の義務はない、と主張する。
[1-027]
第一審裁判所は銀行の解釈は商業的目的に反するとして買主の勝訴とした。控訴審も、銀行の解釈は道理に合わない不合理な結果となり、しかも取引の営利性であるべきと裁判所が考えるものを当事者が考えていたはずのものとすることは、裁判所の役割ではないとする。
[1-028]
最高裁判所は買主の解釈を支持し、次のように言う。商業契約書で2つの解釈が可能な場合には、その解釈のうち取引上の良識(business common sense)に合致する方の解釈を取らなければならない。契約の商業上の目的を考慮する前に、特定の解釈が道理に合わない不合理な結果となると結論を下す必要はない。本保証状の3項に関し、買主および銀行が取っている2つの解釈はいずれもそれなりの論拠があるところ、両当事者が意図していたと通常人がどのように受け取ったかを判断するに当たっては、裁判所は、両当事者が取っている解釈のうちいずれが取引上の良識(commercial common sense)に合致しているかを考慮することが適切である。本件の場合、買主の解釈の方がそれに合致し、保証状の目的に適合する。
[1-029]
Rainy Sky事件では、Lord Clarkeが契約解釈の指針を述べている。それは、概略、次のとおりである。
(1)両当事者が使用する言葉(language)は、2つ以上の可能な意味(more than one potential meaning)をもっていることがある。このような場合には、裁判所は使用された言葉を検討し、両当事者が契約締結の時に合理的に利用できたはずの全ての背景知識を通常人(the reasonable person)が有していたとしたら、そのような通常人が、当該当事者が意図していたであろうと受け取ったと思われるものを裁判所は確認しなければならない。
(2)両当事者がアンビギュイティでない言葉(unambiguous language)を使用しているときは、裁判所は、その言葉を適用しなければならない。
(3)契約の用語が2つ以上の解釈が可能な場合には、取引上の良識(commercial common sense)により合致している方の解釈を採用しなければならない。
[1-030]
Rainy Sky事件におけるLord Clarkeの契約の解釈原則の指針によれば、契約書の語、句または文がアンビギュイティ(ambiguity)である(なお、Lord Clarkeは、「more than one possible meaning(2つ以上の可能な意味)」と表現している)と当事者が裁判所に提起するとき、裁判所は、2つの可能な解釈があると決定したとき(したがって、アンビギュイティ(ambiguity)があると決定したとき)は、当事者が契約書で使用している語、句または文を尊重し、そのうちのいずれが正しいかを判断する場合に取引上の良識に照らして判断する。Chartbrook事件で危惧されたように、両当事者が使用している語、句または文から離れて、裁判所が信じる取引上の常識に照らして書き換えることはない。(注0)更に、2015年、最高裁判所のArnold v Britton事件では、両当事者が契約書で合意して使用した語に重視して解釈することが確認されることになる。
[1-031]
Arnold v Britton事件(注16)(以下「Arnold事件」という)は、別荘のサービス料に関する事件である。該当の別荘は、南ウェールズにある約90のシャレ-風の別荘で、1970年以降、ほとんどが同一の契約条件で賃貸されていた。その賃貸条件は、期間が99年で、それぞれの賃借人がメンテナンス費用およびサービス費用を支払うことになっていた。その条項には不自然なところがあった。問題の条項は、費用に一定の負担割合を規定し、続けて、インデックス(物価スライド制による)金額を記載した。当初に契約された賃貸借では、賃料は、年額90ポンドで、3年ごとに10パーセント増加することになっていたが、その後遅れて契約された賃貸借では、年額90ポンドで、1年ごとに10パーセント増加することになった。
(注16)Arnold v Britton [2015] UKSC 36, [2015] AC 1619 [SC],(Pool’s Casebook 2023)p. 241 – 3. (Catterwell 2020)pp. 184 – 7. (CALNAN 2017 (eBook))[7.24] – [7.28], [7.140 – 7.143]
[1-032]
争いとなったのは当初契約よりも後に契約された賃貸借で、合計21の別荘がこれに該当したが、そのうちの12件については、契約書の該当の条項は、次のように規定する。
| The lessee hereby covenants … to pay to the lessors without any deductions in addition to the said rent as a proportionate part of the expenses and outgoings incurred by the lessors in the repair maintenance renewal and renewal [sic] of the facilities of the estate and the provision of services hereafter set out the yearly sum of £90 and VAT (if any) for the first year of the term hereby granted increasing thereafter by ten pounds per hundred for every subsequent year or part thereof. |
| 賃借人は、賃貸人に対し、いかなるものも控除することなく、本契約後に定める不動産の設備のメンテナンス・リニューアルから生じる、及びサービスの提供によって賃貸人が負担する経費及び費用の一定の負担額として賃料のほか、初年度に本契約で定める年額90ポンドおよび付加価値税(適用される場合)及びその後の年度及び1年に満たない月に付き10分の1増加する金額を支払うことを約する。 |
上記の賃料の増額が複利で計算されるときは、1980年に契約した賃借人の支払う賃料は£2,500となり、2027年には£550,000となり、これは法外な賃料となる。
[1-033]
賃借人は、当該条項は当初意図されたものとは異なる、と主張する。この規定は、賃借人が負担する経費および費用を一定の最高金額に限定するための規定であった。「言語上の間違いがあった」と主張した。
[1-034]
賃貸人は、契約に規定されているとおりである、と主張した。
[1-035]
第一審の高等法院(注17)は、賃借人の主張を認めるとすれば、契約書の規定の書き換えとなるとして、賃貸人の主張を支持し、控訴院も高等法院の判断を支持した。賃借人は最高裁判所に上告した。
(注17)イギリスでは、第一審として、高等法院(the High Court)と県裁判所(the County Court)とが競合管轄権(concurrent jurisdictions)を有する。原告の選択に応じて、原則として、いずれの裁判所にも提訴することができる。実際には、ほとんどが県裁判所に提起されている。1990年代後半のウルフ卿による改革により1998年に施行された民事訴訟規則(the Civil Procedure Rules)も両裁判所に共通に適用される。なお、訴額等による制限がある。詳しくは参照:(Macgregor, Peacey and Ridsdale 2022)Lucilla Macgregor, Charlotte Peacey and Georgina Ridsdale, Civil Litigation, Fifteenth Edition, Oxford 2022, p.93-4.(溜箭 2016)2 -3頁、4-5頁
[1-036]
最高裁判所は、第一審および控訴審を支持し、賃借人の主張を4対1で却下した。Lord Carnwathは、ICS事件、Chartbrook事件に従い、「言語上の間違いがあったに違いない」とし、取引上の良識に反するとの意見を述べた。多数意見は、該当の規定は言語上の間違いがないとして、該当の規定を自然な意味に解釈し、更に、契約が締結された70年代はインフレの時代であり、10パーセントの複利計算による物価スライド制による賃料の規定は合理性があったとした。
[1-037]
Lord Neubergerは、このArnold事件で、7つの契約解釈の原則の指針を明らかにした。その(1)から(6)が重要である。(注18)
(1)取引上の良識および周辺の事情(commercial common sense and surrounding circumstances)は、解釈される言葉の重要性を失わせるように援用されてはならない。解釈は、通常人の目を通して両当事者が意図した意味を確認する作業であり、非常に例外的な場合を除いて、その意味は両当事者が合意している契約書の規定から判断しなければならない。
(2)契約書で使用された言葉が不明確であれば、あるいは契約書の草案が好ましくなければ、裁判所もその言葉の自然な意味から離れることになるけれども、このことは逆に、その言葉が自然な意味であることが明らかであれば、裁判所はその自然な意味から離れることはないことになる。言葉の不適切な意味を探すのは裁判所の役割ではなく、それは、裁判所が解決すべき解釈の問題と関係がない。
(3)取引上の良識が適用される場合でも、遡及的に適用してはならない。取引上の良識は、契約締結の時点で、両当事者が、または両当事者の立場であれば通常人(the reasonable person)が認識していたはずの、または認識できたであろう事項と関係を有することである。
(4)取引上の良識は、契約を解釈する場合に考慮すべき非常に重要な要素であるが、裁判所は、合意された契約の結果が一方の当事者に不利と思われるような理由だけで、その言葉の自然な意味を修正することは慎重でなければならない。契約解釈の目的は、両当事者が合意した事項を確認することであり、両当事者が合意したであろうと裁判所が考えることを確認することではない。裁判官は、契約書の言葉の結果として不利となった一方の当事者を支援し、または他方の当事者を処罰することになるような、契約書の言葉の書き換えを行うべきではない。
(5)契約書の解釈に当たっては、その双務性を考慮し、契約締結の時点で存在し、かつ、一方の当事者ではなく両当事者が知りまたは合理的に利用できた事実または事情のみを考慮しなければならない。
(6)契約書の言葉から判断して、両当事者が明らかに意思または企図したのではない事項が契約締結後に生じた場合、両当事者の当該意思または企図が明確であるときは、裁判所は、その意思または企図を有効とする。
[1-038]
Arnold事件で明らかにしたLord Neubergerの契約の解釈原則の指針は、ICS事件のLord Hoffmanの第4原則および第5原則を意識して、取引上の良識の解釈に言及しているように思われる。Lord Hoffmanの取引上の良識は、それが拡大解釈されるときは、「言語上の誤りがあったに違いない」という理由で、契約当事者の言葉が書き換えられる危険性があるとの危惧がある。この危惧を打ち消すために、Lord Neubergerは、契約書の言葉に対して裁判所が重視する姿勢を強調した。Rainy事件のLord Clarkeの解釈原則を再確認したものと思われる。
[1-039]
貴族院と最高裁判所の以上の4つの判決から次のように言うことができよう。
[1-040]
契約書の文言にアンビギュイティ(ambiguity)がある場合に、裁判所は、契約書で当事者が使用している言葉を尊重し、両当事者がそれぞれ主張する解釈のうちのいずれか一方を、その言葉の通常の自然な意味である方の解釈を採用する。その場合に「取引上の良識」を考慮することができる。契約書の言葉について契約当事者の一方が「言語上(契約書草案上)の間違いがあった」と主張する場合には、裁判所は、契約書の全体、契約締結時における取引上の良識および契約締結時において当事者が知り、利用できた周辺の事情を考慮して、通常人(the reasonable person)の目から「言語上(契約書草案上)の間違いがあったに違いない」と判断できるようなときは、契約書で当事者が使用している言葉の通常の自然な意味から離れることができる。しかし、契約における当事者自治はイギリス契約法の基本原則である。両当事者が合意し自由に選択し使用している契約書の言葉を書き換えるのは裁判所の役割ではない。「取引上の良識(commercial common sense)」は慎重に使用しなければならない。以上が、Rainy 事件とArnold事件などで確認された今日の「取引上の良識」にかかわるイギリス裁判所の契約解釈の原則である、と理解してよいと思われる.(注18)Lord Hoffman のICS事件・Chartbrook事件の契約解釈の原則は、Lord Neuberger のArnold事件で変更されたのであろうか。(TREITEL/ Peel 2020)は、「強調の修正」(adjustment of emphasis)にすぎず、僅かに文理解釈を支持しているように思われる、と言う。(注19)
(注18)(McKendrick 2023)pp. 193 – 4
(注19)(TREITEL/ Peel 2020)p. 253
[1-041]
(CALNAN 2017 (eBook))は、主として、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドの判例を検討して、契約解釈の原則を10の原則にまとめている。その第6原則で、契約書の用語がアンビギュイティ(ambiguity)である場合について、次のような解釈原則を掲げている。
| Principle 6: If words are ambiguous in their context, they are given the meaning the parties are most likely objectively to have intended. |
| 原則6:言葉が文脈上アンビギュイティであるときは、その言葉は、両当事者が意図したと客観的に思われる意味を与えられる。 |
この原則については、とりあえず2つの問題点を指摘できよう。
[1-042]
第1の問題点は、原則6では、the parties(両当事者)となっている点である。これまで検討してきたようにLord HoffmanからLord Neubergerまでのイギリスの貴族院と最高裁判所の契約解釈の原則が、通常人(the reasonable person)とするのとは異なる。日本との関係でいえば、2017年の債権法改正で審議にのぼりながら見送られた契約解釈に関する規定との関係である。ここで注目したいのは、債権法改正の審議で俎上にのぼった、いわゆる「仮定的当事者意思」の主体として、当該契約当事者を想定する「個別的仮定的当事者」とその者が属する同種の当事者を想定する「客観的仮定的当事者」との区別である。(注20)イギリスの裁判所の契約解釈の原則で採用されている「通常人(the reasonable person)」は、日本でいわれている「客観的仮定的当事者」に類似し、(CALNAN 2017 (eBook))の第6原則が取る両当事者(parties)は日本でいわれている「個別的仮定的当事者」に類似する。民法(債権法)改正検討委員会による提案、いわゆる「検討委試案」では、一貫して、「個別的仮定的当事者」が採用されている(注21)ことは注目に値する。この問題は重要であると思われるが、本稿では、深入りしない。
(注20)(森田 2020)森田修『「債権法改正」の文脈』(有斐閣 2020)47頁、68頁
(注21)(森田 2020)69頁以下。特に、75頁。(山本 2024)山本敬三『契約解釈の構造と方法Ⅰ』(商事法務 2024)(「第Ⅰ部 補充的契約解釈 第1部第1章 補充的契約解釈―契約解釈と法の適用との関係に関する一考察」(初出 1986年)、補章 概説:補充的契約解釈―契約解釈と法の適用との関係に関する一考察」(初出 1988年))1 - 216頁
[1-043]
第2の問題点は、Ambiguityの語についてである。(CALNAN 2017 (eBook))が次のように述べていることが、本稿にとって重要となる。これは、後で予定している「AmbiguityとVagueness」のところで検討する。
| Ambiguity is itself ambiguous. …In practice, it is suggested that judge normally use the expression in its brooder sense. According to the Shorter Oxford Dictionary, words are ambiguous if they are uncertain or admit of more than one interpretation. That is the approach which will be adopted here. |
| (CALNAN 2017 (eBook))[6.10] |
| アンビギュイティ自体アンビギュイティである。……実際には、裁判官は、通常、その表現を広い意味で使用していると言われる。ショーター・オクスフォード辞典によれば、言葉が不明確または2つ以上の解釈の余地があるとき、その言葉は、アンビギュイティであるという。ここでは、この意味で使用する。 |
[1-044]
イギリスの貴族院と最高裁判所が打ち出している契約解釈の原則は、本稿において、「取引の良識」に限らず他の原則についても、後に取り上げる予定の「アンビギュイティ(ambiguity)と口頭証拠排除の原則(Parol Evidence Rule)」や「アンビギュイティ(ambiguity)とContra Proferentem」などで、繰り返し取り上げることにしている。
「1-045」
アメリカの特異な法現象である民事陪審とコモン・ローとエクイティの2大法体系に関する話題に移る。
[1-046]
英米の訴訟手続は、陪審審理を原型として発達してきたといわれる。アメリカにおける正式事実審理(トライアル)は陪審審理で行われる場合と裁判官のみによる審理で行われる場合とがあるが、基本的な手続は陪審審理を念頭に置いて組み立てられている)。陪審によって行われる場合には、事件の両当事者の弁護士は、当事者対抗主義(adversary system)のもとで、徹底した対審的な性質(adversarial character)の裁判過程で、事件について予備知識のない陪審員に対して、口頭で(口頭主義)、直接に(直接主義)、陪審員が最初から事件を把握できるように進めていく。しかも陪審員を長く拘束できないため集中的に審理(集中審理)される。(注22)このようにして、裁判の可視化が保障される。
(注22)(田中 1980)田中英夫『英米法概論上下』(東京大学出版会、1980)456頁、(浅香 2024)浅香吉幹『アメリカ民事手続法』(弘文堂、第4版、2024)4頁以下、6 – 7頁、(丸山 2020)丸山英二『入門アメリカ法』(弘文堂、第4版、 2020)70頁以下
[1-047]
陪審は、11世紀にイギリスに持ち込まれたとき、最初は、証拠として、神判(ordeal)に代わるものとして使用された。陪審員は、事件が起こった場所の近くに居た者または事件をよく知る者のなかから選ばれた。陪審員は事件の情報を提供することが期待された。陪審員は自らが知る知識によって自ら紛争当事者の主張の真実を質し、審判を下す権限を与えられた。やがてこの陪審員のこの糾問的な(inquisitorial) 性質は変化し、証人としての裁定者から事実の公平な発見者へと変化していく。陪審員は専ら情報を受ける者となった。この変遷は、2つの制度的な確立によるものとされる。一つは、陪審員が情報を受ける方法の確立であり、2つは、陪審員を除斥することができる法の確立である。この変遷により、情報提供者は、陪審員から事件当事者に移っていく。証拠を提供する責任は専ら事件当事者となった。これが、今日の英米の民事訴訟法の当事者対抗主義(adversary system)の始まりと言われている。(注23)
(注23)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)Jack H. Friedenthal, Mary Kay Kane, Arthur R. Miller & Adam N. Steinman, CIVIL PROCEDURE, Sixth Edition, WEST ACADEMIC Publishing, 2021, p. 490, pp.492 – 3.
[1-048]
民事訴訟の陪審審理については、その発祥の地であるイギリスでは、名誉棄損(libel slander)、悪意訴追・誣告(malicious prosecution)、不法監禁(false imprisonment)、詐欺(fraud)に関する事件を除いては、1933年にAdministration of Justice (Miscellaneous provisions) Actで廃止されている(注24)。しかし、アメリカにおいては、陪審審理を受ける権利は、植民地時代には本国イギリスや本国イギリスが指名した裁判官による植民地の自由の侵害に対して抵抗できる道具として重要な役割を果たし(注25)、合衆国憲法第7修正で保障され、今日、その制度は民事手続において維持されている。田中英夫(以下、すべて敬称を省略します)はかつて、アメリカの陪審制度は、人民が統治に直接関与する「ジャクソニアン・デモクラシー」(注26)の思想が定着したもので、その発祥の地であるイギリスよりも忠実に維持されており、陪審審理を受ける権利を憲法から削除するということは、少なくとも将来において可能性はない(注2)と述べている。
(注24)(田中 1980)452頁、(浅香 2024)111 -2頁
(注25)(田中 1980)445 – 6頁、(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p.491
(注26)ジャクソニアン・デモクラシーについては、(田中 1980)258頁以下
[1-049]
しかしながら、現在のアメリカにおける民事陪審制度は多くの問題点をはらんでいるといわれる。(注27)複雑な現在の訴訟に関わる素人陪審員団の公平性あるいは有用性、陪審に伴う固有の訴訟遅滞による費用の非効率性の問題などである。民事陪審は合衆国憲法第7修正で基本的人権として保障されているものの他の多くの人権規定と違って第14修正の適正手続条項(due-process clause)の適用がなく、州を拘束しないこと、憲法上保障されている陪審を受ける権利も、民事手続規則の規定では訴訟当事者が要求しない限り放棄したものとみなされること、トライアル前のサマリー・ジャッジメントでの審理の完結が促進されていること、契約当事者があらかじめ陪審を放棄する規定を契約書に明記することが多くなっていること、仲裁裁判による解決が促進されていること、トライアルによる陪審審理がなされる場合でも指示評決(direct verdict)、評決無視判決(judgement notwithstanding the verdict)や再審理(new trial)などの裁判官の権限があること、伝統的な陪審員の数の修正がなされていることなど陪審制度そのものに対する問題なども提示されている。また、裁判官が陪審員に与える事件にかかわる法律・証拠に関する陪審説示(jury instruction)の難解さについて、法と言語の専門家からは、その説示に対する陪審員の理解の能力を疑問視し、プレイン・イングリッシュ(plain English)を使用することが提案されている。(注28)第7修正で保障された陪審審理を受ける権利がこのような様々な問題を抱えているなかで、連邦最高裁判所は、1959年の判決(Beacon Theatres Inc. v. Westover)において、「事実認定の機関として陪審を維持することは、我が国の歴史および法域において、重要であり、確固たる地位を占めており、陪審審理を受ける権利の制限と思えるようなことは、最大の注意をもって検討されるべきである
(Maintenance of the jury as a fact-finding body is of such importance and occupies so firm a place in our history and jurisprudence that any seeming curtailment of the right to a jury trial should be scrutinized with the utmost care) 」(注29)と陪審審理を受ける権利の重要性を再確認している。
(注27)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 490
(注28)(Tiersma 1999)Peter M. Tiersma, Legal Language, The University of Chicago Press, 1999, pp. 231ff
(注29)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 492
[1-050]
アメリカにおいて、民事訴訟で陪審審理を受ける権利は、1791年に、アメリカ合衆国憲法第7修正で基本的人権として保障された。したがって、連邦裁判所の民事裁判で陪審の審理を受ける人は誰でもこの権利を有している。しかしながら、この第7修正の条項は、刑事陪審に関する第6修正の場合とは異なり、第14修正のデュー・プロセス(due process of law)の一内容として組み込まれておらず、州裁判所の手続に適用されない。(注30)ほとんどの州の憲法で陪審審理を受ける権利は保障されてはいるものの(注31)、それぞれの州の憲法制定の時期はまちまちであり、州憲法に規定された陪審審理を受ける権利の内容およびその範囲も州によって異なる。このことがアメリカの陪審に関する問題をより複雑にしている。
(注30)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p.490、(浅香 2024)111頁、(丸山 2020)88 - 89頁
(注31)コロラド州、ルイジアナ州、ワイオミング州の憲法は、民事陪審の保障を規定していない。(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 489, note 2.
[1-051]
このように合衆国憲法第7修正は州を拘束しない。陪審審理を受ける権利を定めるか否かは専ら州の権限である。このことは、合衆国最高裁判所が、1875年、「Walker v. Sauvinet」(注32)で、「第7修正は、連邦裁判所の事実正式審理にのみ関係を有する。州は、この修正に関しては、それぞれの州の裁判所で、それぞれの方法で、事実正式審理を行うことを委ねられている(Seventh Amendment “relates only to trials in the courts of the United States. The States, so far as this amendment is concerned, are left to regulate trials in their own courts in their way.”)」ことを確認している。(注33)
(注32)Walker v. Sauvinet, 92 U.S. 90, 92 (1875)
(注33)(Glannon, Perlman & Raven-Hansen 2021) Joseph W. Glannon, Andrew M. Perlman, Peter Raven-Hansen, Civil Procedure A coursebook, Fourth Edition, ASPEN Publishing 2021 (e-book) p.1020.
[1-052]
アメリカ合衆国の州はそれぞれの歴史をもっている。成立した時も異なる。たとえば、マサチューセッツ州とジョージア州では1世紀の開きがある。それぞれの州は、イギリス法を継受したが、それぞれが継受した時のイギリス法自体が異なっている。オランダ法、フランス法、スペイン法またはメキシコ法の痕跡をとどめている州もある。したがって、その法文化は州によって異なる。1776年の独立革命後もこの状態は続いている。それぞれの州がイギリスから継受した陪審と「コモン・ローとエクイティ」も、州によって異なるのである。たとえば、マサチューセッツ州のように、エクイティの制度を継受しなかった州もある。ニュージャージー州は1947年までエクイティ裁判所を廃止しなかった。デラウェア州は今でもなおエクイティ裁判所(chancery court)を存置している。(注34)
(注34)(Friedman 2019)Lawrence M. Friedman, A History of American Law, Fourth Edition, Oxford 2019, xvii – xxviii, esp. xvii -xx, xxvii
[1-053]
コモン・ローとエクイティの関係に関しても、東部13のコロニー(注35)の対応は一様ではない。
(注35)東部13のコロニーとは、アメリカ合衆国を最初に形成した東部13州のイギリスの植民地で、マサチューセッツ、ニューハンプシャー、コネチカット、ロードアイランド、ニューヨーク、ニュージャージー、ペンシルベニア、デラウェア、メリーランド、バージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、ジョージアの13州を指す。
[1-054]
たとえば、ジョージアは、1799年裁判所法(Judiciary Act 1799)で、エクイティとコモン・ローの訴答を併合し、従来の訴訟方式を廃止するという大胆な試みを行っている。ノースカロライナはエクイティの訴訟を同じ地区にあるコモン・ローの上級裁判所で審判する権限を与えた。ルイジアナのように、大陸法の伝統を守り、そもそもエクイティ裁判所とコモン・ロー裁判所の区別はなく、一つの裁判所しかもっていない州もある。マサチューセッツとペンシルベニアも当初から一つの裁判所しかなかった。エクイティ上の救済はコモン・ロー裁判所で行われた。マサチューセッツでは、当事者がコモン・ロー上の訴訟において十分な賠償を得られない場合には、上級の裁判所がエクイティ上の救済を審理し決定する権限を有した。(注36)
(注36)(Friedman 2019)pp. 115 – 9.
[1-055]
このような東部13州のコロニーの「コモン・ローとエクイティとの関係」に対する対応のなかで、ニューヨーク州は、その後のアメリカに民事訴訟の歴史に重大な影響を及ぼす。それは、いわゆる「フィード法典」の採択である。
[1-056]
1848年は、ヨーロッパの激しい革命の年であり、アメリカの民事手続法の穏やかな革命の年であった、といわれる。1848年、ニューヨーク州が裁判所の実務、訴答および訴訟手続を簡単かつ簡素化する法律(an act to simplify and abridge the Practice, Pleadings, and Proceedings of the Courts) で、ニューヨーク州民事訴訟法典(New York Code of Civil Procedure)が成立された。この法典は、その成立に主導的な役割を果たした「David Dudley Field」の名をとって「フィード法典」と呼ばれることがある。フィード法典はいろいろな点で革命的であったが、コモン・ローとエクイティについても革命的であった。その62条は、次のように規定する。(注37)
(注37)(Friedman 2019)pp. 373 – 4
[1-057]
|
Article 62: The distinction between actions at law and suits in equity, and the forms of all such actions and suits heretofore existing, are abolished, and, there shall be in this state, hereafter, but one form of action, for the enforcement or protection of private rights and the redress or prevention of private writings, which shall be denominated a civil action. |
|
62条 コモン・ロー上の訴訟とエクイティ上の訴訟との区別およびこれまで存在した全てのこれらに係る訴訟の方式は、廃止する。今後この州においては、私権の実現または保護および私的な書面に関わる救済または保護に関しては、一つの訴訟方式のみとする。この訴訟方式を民事訴訟というものとする。 |
フィード法典62条は、コモン・ローとエクイティの融合を宣言した。それは、民事訴訟制度の革命的な出来事であった。連邦民事訴訟規則がコモン・ローとエクイティの融合を宣言するのが1938年であることを考えると、それは、確かに革命であった。
[1-058]
フィード法典は、西部の州に採用された。1849年にミズーリ、1851年にカリフォルニア、南北戦争(1861 - 1865年)前にアイオワ、ミネソタ、インディアナ、オハイオ、ワシントン、ネブラスカ、ウィスコンシン、ケンタッキー、1861年にネバダ、その世紀が終わるまでに、ダコタ、アリゾナ、モンタナ、ノースカロライナ、ワイオミング、サウスカロライナ、ユタ、コロラド、オクラホマ、ニューメキシコの諸州で採用された。(注38)19世紀が終わるまでには、ほとんどの州でコモン・ローとエクイティは融合された。
(注38)(Friedman 2019)pp. 376 – 7
[1-059]
アメリカ合衆国憲法は、1791年、陪審を受ける権利を第7修正で次のように承認した。
|
Amendment VII In Suits on common law, where the value in controversy shall exceed twenty dollars, the right of trial by jury shall be preserved, and no fact tried by jury, shall be otherwise re-examined in any Court of the United State, than according to the rules of the common law. |
|
第7修正 コモン・ロー上の訴訟において、訴額が20ドルを超えるときは、陪審審理を受ける権利が維持される。陪審によって審理され[維持され]た事実は、コモン・ローの準則によるものでなければ、合衆国のどの裁判所もこれを再検討してはならない。 |
| 田中英夫編「Basic英米法辞典(東京大学出版会、1993)」222頁・223頁 |
[1-060]
第7修正の規定は、陪審審理を受ける権利を創設したものではなく、その第7修正が憲法上承認された1791年の時点で存在していた連邦裁判所におけるコモン・ロー上の陪審審理を受ける権利を維持するものと定める。第7修正が承認された1791年は、合衆国建国まもない時期であり、その時に存在していた13の州のコモン・ローの継受は様々であり、いずれかの州のコモン・ローを指定することは困難であった。したがって、第17修正に規定するコモン・ローとは、州のコモン・ローではなく、イギリスのコモン・ロー、つまり1791年にイギリスに存在していたコモン・ロー上の権利とされた。連邦最高裁は、1935年、Baltimore & Caroline Line v. Redman事件で、「ここで維持された陪審審理を受ける権利は、修正が採択された時にイギリスに存在したコモン・ロー上の権利である(The right of trial by jury thus preserved is the right which existed under the English common law when the amendment was adopted)(注39)と再確認している。これは「歴史テスト(historical test)」といわれている。しかも、第7修正および合衆国憲法第3篇が、陪審に付さない審判(nonjury trial)を禁ずる規定がないことを理由に、第7修正の陪審審理を受ける権利は、「歴史テスト」に照らし、それ以降にアメリカで制定される法律については、その法律で明示されているか否かにかかわらず、しかも1791年の時点でコモン・ロー上の訴訟とされていたものに限定せずに、陪審審理を受ける権利が付与されるか否かが決定される、とされたのである。(注40)
(注39)Baltimore & Caroline Line v. Redman, 295 U.S. 654, 657 (1935). (Glannon, Perlman & Raven-Hansen 2021) p.1920
(注40)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)pp. 497 – 9. (Glannon, Perlman & Raven-Hansen 2021) p. 1020
[1-061]
「歴史的テスト(historical test)」は、1791年の時点でのイギリスの陪審審理を受ける権利を基準に、係争の訴訟が陪審によって解決されるか、裁判官によって解決されるかを判定するというものである。言い換えると、その訴訟がコモン・ロー上の訴訟であれば陪審によって判断され、エクイティ上の訴訟であれば陪審によらずに裁判官によって審判されることになる。「歴史的テスト」では、コモン・ローとエクイティは、陪審審理を受ける権利の有無を決定する境界線として機能することになる。しかもその区別は、1971年時点でのイギリスにおけるコモン・ローとエクイティの区別がその境界線として機能する。1791年時点でのイギリスにおいて、コモン・ロー上の訴訟がどのようなものであったか、コモン・ローとはどのような状態であったのか、コモン・ローとエクイティとがどのような関係にあったのかが重要となる。
[1-062]
イギリスの1791年は、ハノーヴァ朝(1714 - 1901年)のジョージ3世(治世1760 -1820)の時代である。イギリスのその時代には、コモン・ロー上の訴訟とエクイティ上の訴訟はそれぞれ別の裁判所で審理されていた。コモン・ロー裁判所では陪審審理が採用されていた。エクイティ裁判所では陪審によらない裁判官のみで審理されていた。
[1-063]
コモン・ロー上の訴訟は当初から陪審(jury)によっておこなわれている。それは、1066年のいわゆるNorman conquest以降、ノルマン朝(1066 - 1154年)その後に続くプランタジェネット朝(1154 – 1484年)が、イングランド全土を統一するために、イングランドの各地にすでに存在していたアングロ・サクソン期(Anglo-Saxon period)の個々別々の慣習・慣行を変革し、さらに中央集権をほぼ成し遂げていたアングロ・サクソン期末期の行政組織を利用しながらおこなった巡察(eyre)、各地を巡回しておこなった裁判(assize)において、陪審を利用したことに始まる。1215年のマグナカルタによって裁判は事件の発生地で開催されなければならないとされたとき、巡回裁判官(itinerant justice/ justice of assize/ assize judge)はその事件をよく知る者たちに事実を語らせることが必要であった。コモン・ローはこのようにそのはじめから陪審と深く関わり合いをもちながら創造された。(注41)(注42)
(注41)(Baker 2019)SIR JOHN BAKER, An Introduction to English Legal History Fifth Edition, Oxford 2019, pp. 19 – 20
(注42)(JOWITT’S DICTIONARY 2010)JOWITT’S DICTIONARY OF ENGLISH LAW, THIRD EDITION, SWEET MAXWELL 2010, [Assise or Assize (pp. 175 – 6)], [Eyre; Eire (pp. 893 – 4)], [Nisi Prius (p. 1542)],(英米法辞典 1991)田中英夫編『英米法辞典』(東京大学出版会 1991)【assize(アサイズ会議/(アサイズ)法/アサイズ審理/アサイズ裁判・正式巡回裁判)70 – 1 頁】【eyre(巡察)327頁】【nisi prius(ナイサイ・プライス)586頁】
[1-064]
1971年の時点におけるイギリスの上位裁判所として、ウエストミンスタ・ホールに設置され、民事事件を取り扱う、財務府裁判所(Court of Exchequer)、人民間訴訟裁判所(Court of Common Plea)、王座裁判所(Court of King’s ( Queen’s) Bench)の3つのコモン・ロー裁判所も、各地区で巡回裁判所での陪審評決で認定された事実を前提にして、または自ら巡回陪審裁判に参加して得た陪審による事実認定を前提にして、1882年にStrandに移転されるまでの間、ウエストミンスタの大広間の、人々が行き交い、人々の私語が飛び交う、今日では想像もできないような喧騒の中で、審理をおこなっていたといわれている。これが、イギリスにおけるコモン・ローと陪審の1791年その時の状況だった。アメリカ合衆国憲法第17修正が承認された、1791年時点におけるイギリスのコモン・ローの訴訟は、このように陪審によっておこなわれていた。(注43)
(注43)(Baker 2019)p. 44
[1-065]
1791年の時点で、ウエストミンスタ・ホールに設置されている裁判所がもう1つあった。王座裁判所に隣接して設置されている大法官裁判所(Court of Chancery)である。これがエクイティ上の訴訟を審理するエクイティ裁判所である。大法官裁判所は大法官府(Chancery)から生まれた。しかし、大法官府は、当初は、裁判所として創設されたものではない。大法官府の歴史は古い。ノルマン朝(1066 -1154年治世)の国王書記局(royal secretariat)として国王の機関の1部局として、国王が授与する財産、特権、名誉、官職などの権限を正当化する文書を作成し、国璽を押印することがその任務であった。コモン・ロー裁判所で訴訟を開始するために必要な国璽が押印された開始令状(original writ)を作成し発給するのも大法官府の職務であった。国璽(great seal)は国王の権威を表し、訴訟開始令状に押された国璽が国王に代理する巡回陪審裁判官などがおこなう裁判の権威を正当化した。したがって、大法官府の長である、この国璽の保管者(a lord keeper of the great seal)である大法官(Chancellor)は、国王評議会(King’s Council)の構成員(councillors)の1人として、高い地位が与えられ、絶大な権力をもつこととなった。(注44)(注45)(注46)
(注44)(Baker 2019)p. 107 – 8
(注45)(JOWITT’S DICTIONARY 2010)[Chancellor, Lord (pp. 364 – 5)]
(注46)(英米法辞典 1991)【Chancellor, Lord (大法官)126頁】
[1-066]
大法官府が実際に裁判に関与する萌芽は、ノルマン朝の当初から、「ラテン部門」と「英語部門」といわれる部門にみられた。「ラテン部門」の呼び名はそこで取り扱われる文書がラテン語で記録されることによる。「ラテン部門」の裁判への関与は、国王の財産を記録する職務との関係で、それにかかわる争いについて権限をもっていたことに始まる。たとえば、直属受封者(tenant in chief)の死亡に当たり大法官府が発給した相続継承に関する審問開始の令状によるその審問の結果が、否認(traverse)される場合には、その否認は大法官府に対してなされた。大法官府はその否認にかかわる法律問題について王座裁判所と協力して公開の場で審議した。これはコモン・ローの訴訟の手続きでなされた。(注47)
(注47)(Baker 2019)pp. 108 – 9
[1-067]
「英語部門」は、国王に対する個人の請願を審査したことに始まる。1066年のNorman Conquest 後1世紀半ばが過ぎた13世紀の後半、プランタジェネット朝(1153 - 1399年)中期には、多くの請願(または訴状)が国王のもとに届くようになった。その多くは巡回裁判官に回付されたが、その中で重要なもののうち公的な問題は国王から国王評議会・議会で審議され、重要な私的な問題については国王から国王評議会の構成員である大法官に委任された。その後、このような私的な請願・訴状は、大法官府に直接提出されるようになる。これを受理したのが大法官府の「英語部門」であった。リチャード2世の治世(1372 – 1391 年)で、これが慣行となった。新たな裁判管轄権の誕生である。「英語部門」は、コモン・ローの手続きによらずに、しかもその文書の作成、記録のすべてを、伝統的に使用されていたラテン語ではなく英語でおこなった。これが、エクイティ上の訴訟という新たな裁判管轄権の始まりとなった。(注48)
(注48)(Baker 2019)p. 106
[1-068]
大法官がおこなう裁判は、大法官1人による、いわば第1審裁判所であり、終審の裁判所であった。大法官がそこでおこなう手続きは、コモン・ローの手続きとは異なるものであった。コモン・ローの手続きでは訴訟の開始令状が必要であり、しかもその開始令状はラテン語で書かれ、その令状の発給には厳格な訴訟方式(forms of action)とその手続に従うことが要求された。それぞれの訴訟方式はそれぞれが定める定型的な事実関係に適合する事実のみが救済の対象とされ、その事実関係に該当しない事実には開始令状は発給されず、救済を受けることができなかった。(注0)大法官による手続きは、英語で書かれた請願または訴状だけで、開始され、複数の争いを1つの請求で提出するも認められた。コモン・ローの手続きでは、厳格な証拠準則によって不当な結果が生じることがあった。事実の認定もその時々の陪審の能力次第であった。州長官(sheriff)が裁判に不当に介入し、事実関係が不当に歪曲されることもあった。これに対して、大法官による手続きでは、証拠の採用、事実の認定、州長官の役割を大法官1人で担った。大法官は、陪審員であり裁判官であった。請願人や訴訟当事者が提起した事件の事実関係を、自ら聞き取り、または英語部門の書記に調査させて、判断した。陪審員は使用しなかった。たとえば、債務者が、捺印金銭債務証書によって金銭を借り、完済した後、迂闊にもその捺印金銭証書を廃棄しなかったために、債権者から2重の支払いを要求されたような場合に、コモン・ローの判断は、債務者の不注意によって残存している捺印金銭証書の存在を証拠として支払を命じた。一方、大法官はその事実を自ら確認し聞き取り、すでに支払われているか否かを判断した。コモン・ローは証拠法則を優先しコモン・ローの法的安定性を優先させた。大法官は個々の事件ごとの事実関係を優先した。大法官は、自らの良心(conscience)に従い、判断した。大法官の判断に従わない者は、法廷侮辱(contempt of court)の罪で、その履行をなすまで、投獄され、財産を差し押さえられた。大法官は、当初は、コモン・ローの厳格な手続きによって生じた欠陥を補完するためにおこなった。しかもその判断は事件ごとに、個別的に、対人的になされ、コモン・ローの法体系を害することはなかった。やがて、大法官府裁判所(the Court of Chancery)は、ヨーク朝(1461 - 1485年)のエドワード4世(1471 - 1483年)の治世に正式に創設される。チューダ朝(1485 – 1603年)の治世には、大法官がウエストミンスタの大広間で行う裁判は、他のコモン・ローの裁判所である財務府裁判所、人民間訴訟裁判所、王座裁判所よりも、人々が押し寄せる人気を集める裁判所となった。その裁判の過程で様々な法原則、たとえば、ユース、信託、譲渡抵当が生じた。大法官の足の長さによって変わると揶揄されることもあった大法官の良心は、エクイティという1つの法体系として成立した。(注49)(注50)
(注49)(Baker 2019)pp. 60 – 77, pp. 110 – 19
(注50)(JOWITT’S DICTIONARY ) [Equity (pp. 823 – 826)], [ Chancellor, Lord (pp. 364 – 365)], [Court of Chancery (p.581)], [Action on the case (p. 45)]
[1-069]
エクイティ法体系の創造は、しかし、平坦な道のりではなかった。マグナカルタ(Magna Carta)によって国民の生命・身体・財産はコモン・ローの適正手続(due process of law)によってのみ守られなければならず、他の法手続きの創造は認められないとするのがコモン・ロー法曹の共通の認識であった。それはイギリス国民の生得権(birthright)であり、国王たりともコモン・ロー以外の裁判管轄を創設することは許されないと考えられていた。(注51)このようなコモン・ロー法曹の潜在的な意識が、大法官による裁判管轄権の拡大とともに、政治的権力をも掌握している大法官の個性によって時としてその恣意性が顕在化し、エクイティの存続の危機を引き起こす歴史的な事件に発展することもあった。
(注51)(Baker 2019)p. 105
[1-070]
チューダ朝(1485 – 1603)のHenry VIII(ヘンリー8世:1509 – 47年)治世の大法官であったウルジー卿(Cardinal Wolsey: 1515 – 29)のコモン・ロー法曹に対する常軌を逸した攻撃と恣意的な判決は、コモン・ロー法曹からの大反撃にあった。後継の大法官、トマス・モア(Sir Thomas More: 1529 – 33)はリンカーンズ・イン(Lincoln’s Inn)出身のコモン・ロー法曹であったにもかかわらず、コモン・ロー裁判所の判決の執行を、その厳格性を理由に、差し止める「common injunction(コモン・ロー上の手続に対する差止命令)」を多発し、コモン・ロー裁判所と大法官裁判所との関係は著しく悪化した。(注52)(注53)(注54)
(注52)(Baker 2019)pp. 105 – 6
(注53)(JOWITT’S DICTIONARY 2010)[Common injunction (p. 466)]
(注54)(英米法辞典 1991)【Common injunction (コモン・ロー上の手続に対する差止命令)165頁】
[1-071]
コモン・ロー裁判所と大法官裁判所との1616年の衝突は、2人の人物の個性の衝突によって始まった。大法官エルズミア卿(Lord Ellesmere: 1598 – 1617)は、コモン・ロー裁判所が判決した後に大法官がその訴訟を審議する(entertain)ことができるとして、コモン・ローの多くの判決を未決のまま放置した。これに対してコモン・ローの法曹を代表して立ち上がったのが王座裁判所の裁判長の職位にあったエドワード・クック(Sir Edward Coke)だった。エルズミアは、彼自身に対する如何なる批判も神によって定められた君主に対する攻撃だと主張した。一方、クックは、エルズミアの行為は制定法に反し、1598年の財務府会議室での全裁判官の決定に反すると主張し、エルズミアが差止命令侮辱罪で収監した者たちを身柄釈放命令で釈放し、これらの者に国王裁判所判決違反で訴追するよう促す。1616年、2人の闘争はスチュアート朝(1603 – 1714)の ジェームス1世(1603 - 1625年治世)に付託された。エルズミアは後継者となるフランシス・ベーコン(Francis Bacon)と組んで、大法官裁判所がコモン・ロー裁判所の訴訟を審議する権利を有する勅令をジェームス1世に発布させることに成功する。政治的な事件に発展した2人の闘争は、他の理由によるクックの失脚によって幕となったが、それはまた、コモン・ローとエクイティそれぞれの裁判管轄権の拡大のための闘争でもあった。エルズミアの後継の大法官ベーコンの尽力により、2大法系の間の関係は回復し、ジェームス1世の1616年の勅令は違法とみなされることとなった。これを契機に2大法体系は確定的となった。エクイティの救済は大法官裁判所に、コモン・ローの救済はコモン・ロー裁判所にという二項対立(the law/equity dichotomy)の状態が確立した。(注55)
(注55)(Baker 2019)pp. 117 – 8
[1-072]
1616年のエクイティとコモン・ローの衝突以降、この2大法体系は融和の道を進む。スチュアート朝(1603 – 1714)の後半になると、大法官裁判所(エクイティ裁判所)とコモン・ロー裁判所との間の相違は次第に見られなくなっていく。互いに判決を報告しあうようになる。エクイティ裁判所がコモン・ロー裁判所の先例を利用するようになる。一方、コモン・ロー裁判所も当初の厳格性は緩和され、エクイティの裁判所の原則を導入するようになる。(注56)これが、1791年の時点のイギリスの裁判所におけるコモン・ロー上の訴訟の状況である。
(注56)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 501
[1-073]
1791年のイギリスのコモン・ローとエクイティの関係と陪審裁判は、上記のような状態であったが、一方、アメリカの連邦裁判所においては、1791年の連邦憲法第7修正後、1938年にコモン・ロー裁判所とエクイティ裁判所が統合され、コモン・ローとエクイティが融合へと推移する。
[1-074]
1938年9月16日に発効した「RULES OF CIVIL PROCEDURE FOR THE UNITED STATES DISCTICT COURT(連邦地方裁判所民事訴訟規則)」(「連邦民事訴訟規則」という)は、Rule 2で訴訟方式は1つであると定めた。すなわち、コモン・ロー上の訴訟もエクイティ上の訴訟も存在しない。存在するのは、民事訴訟という1つの訴訟方式であるとしたのである。コモン・ローとエクイティの融合である。その規定の表現は極めて簡潔である。
[1-075]
連邦民事訴訟法規則のRule 2は、次のように規定する。
|
Rule 2 One Form of Action There is one form of action – the civil action. |
|
規則2 1つの訴訟方式 1つの訴訟方式とし、これを民事訴訟とする。 |
[1-076]
1938年のコモン・ローとエクイティの融合前には、連邦裁判所における「歴史的テスト」の適用によれば、たとえば、AがBに対して建物の建築を依頼し、両者の間で契約が締結され、Bが建物の建築に着手したという事案で、建物の建築中にBに契約違反があり、AがBに対して損害賠償のみを請求する場合には、コモン・ロー上の訴訟であり、Aは、コモン・ロー裁判所に提起し、その場合、Aは陪審審理を受ける権利を有することになる。
[1-077]
AがBに対して建物の完成を要求する特定履行のみを請求する場合には、エクイティ上の訴訟であり、Aは、エクイティ裁判所に提起することとなる。その場合、Aは陪審審理を受ける権利を与えられない。
[1-078]
AがBに対して、損害賠償と特定履行を同時に請求する場合には、損害賠償はコモン・ロー裁判所に、特定履行はエクイティ裁判所に別々に提出される。その場合に、両裁判所がいずれも判断することとなるBの契約違反に関する判断については、最初に判断した裁判所の判断が尊重された。つまり、コモン・ロー裁判所が契約違反の有無を最初に判断するときは、その判断はエクイティ裁判所を拘束した。エクイティ裁判所が契約違反の有無を最初に判断するときは、その判断はコモン・ローの裁判所を拘束した。(注57)
(注57)(Glannon, Perlman & Raven-Hansen 2021) pp. 1024 – 5
[1-079]
連邦裁判規則のRule 2によって、コモン・ロー上の訴訟もエクイティ上の訴訟もすべて1つの裁判所に提出され、しかも同じ1つの訴訟として審理されることになった。その場合、コモン・ロー上の請求、たとえば損害賠償の請求のみ、あるいはエクイティ上の請求、たとえば特定履行の請求のみ、が提起される場合には、陪審審理を受ける権利について争いは生じない。コモン・ロー上の請求である損害賠償の請求の審判は陪審に付され、エクイティ上の請求である特定履行は陪審に付されることなく裁判官によって判断される。問題となるのは、コモン・ローの請求とエクイティの請求が同時に裁判所に提起される場合である。この場合、その訴訟は陪審によって審理されるのか、裁判官のみによって審理されるかが問題となる。しかも、1938年の両裁判所の統合以前にエクイティ裁判所が採用していた「クリーンアップ法理(clean-up doctrine)」といわれる理論が、その場合に、陪審審理を受ける憲法上の権利に重大な影響を及ぼすことになった。
[1-080]
「クリーンアップ法理」というのは、両裁判所が統合される前に、エクイティ裁判所が採用していた慣行である。この理論によれば、エクイティ上の請求とコモン・ロー上の請求がともにエクイティ裁判所に提起された場合、エクイティ裁判所は、あらかじめ、提起された訴訟の基本的な性質(the basic nature of the case)を確認し、提起されたコモン・ローの争点がエクイティ上の争点に付随すると判断するときは、エクイティの争点に付随していると判断したコモン・ローの争点も陪審なしに審理する裁量権を有するという理論である。エクイティ裁判所のこの裁量権が両裁判所の統合後も採用されるときは、最初にエクイティ上の争点が裁判官によって判断されると、その訴訟で提起されているコモン・ロー上の争点については、結果として、陪審を受ける憲法上の権利は保障されないことになる。これは、第7修正によって憲法上保障された陪審審理を受ける権利を制限することになる。(注58)1938年の民事訴訟規則の制定後の「クリーンアップ法理」に対する連邦最高裁判所の判断が注目されていた。
(注58)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 502, p. 506
[1-081]
連邦最高裁判所は、1959年の「Beacon事件」と、その3年後の1962年の「Dairy Queen事件」で、「クリーンアップ法理」を採用しない、と宣言した。(注59)この2つの判決は、合衆国憲法第7修正が保障する陪審を受ける憲法上の権利にとって重要な判決となった。
(注59)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 507
[1-082]
「Beacon事件」(注60)は、原告であるFox West Coast Theatres, Inc.(以下、「Fox」という。)が、カリフォルニア州のサンバーナーディーノ地区で、映画館を運営していたが、映画配給業者との間の契約で定める「クリアランス」条項に基づき、封切り映画を公開したことによって起こった。この「クリアランス」条項によれば、他のいかなる者も、サンバーナーディーノ地区で、一定の期間、当該映画を上映できないこととなる。被告であるBeacon Theatres, Inc.(以下、「Beacon」という。)は、サンバーナーディーノ地区から11マイル離れた場所でドライブイン映画館を運営していたが、当該「クリアランス」条項は反トラスト法に違反する、とFoxに通知した。(注61)
(注60)Beacon Theatres, Inc. v. Westover, 339 U.S. 500, 79 S. Ct. 948, 3L.Ed.2d 988 (1959)
(注61)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)pp. 505ff
[1-083]
Foxは、上映中の映画がBeaconの反トラスト法違反の訴えによって妨害されることを恐れ、カリフォルニア州連邦地方裁判所に、(1)当該契約は合理的であり、反トラスト法に違反しない旨の宣言を求め、(2)反トラスト法違反を理由にBeaconが提訴するおそれがある訴訟によって生じることとなる上映中の映画への妨害について、暫定的差止命令(preliminary injunction)を求めて提訴した。
[1-084]
これに対して、Beaconは、Foxへの答弁書および反訴で、訴訟に参加した配給業者への交差請求で、(1)当該クリアランス条項は不合理であり、Foxと配給業者が共謀して反トラスト法に違反して封切り映画の取引を制限しかつ独占するために当該クリアランス条項を操作した旨を主張し、(2)三倍額損害金(treble damages)を求めた、そして、陪審審理を受ける権利を要求した。
[1-085]
連邦地方裁判所は、Beaconの陪審審理の要求に対して、Foxの訴えは基本的にエクイティ上の訴訟であると判断し、陪審審判によってBeaconの反訴・交差請求で主張された反トラスト法の主張の有効性を決定される前に、陪審なしに裁判官によって審理されることを指示した。Beaconはこれを不服として、地方裁判所の裁判官の命令を無効とする職務執行令状(a writ of mandamus)を求めて控訴した。
[1-086]
第9巡回区控訴裁判所は、陪審審理の問題は、Foxが提出した訴状によってのみ決定され、その訴状はエクイティの管轄内の請求であると解釈し、いったんエクイティ上の請求であると決定されると、その後に請求される、本件の三倍賠償金のようなコモン・ローの救済の訴えによって影響を受けず、エクイティ上の訴訟として、陪審によらずに審理することができ、したがって陪審審理を受ける権利を生じないと判示し、職務執行令状を拒否した。これは「クリーンアップ法理」を踏襲したものであった。Beaconは、連邦最高裁判所に上告した。
[1-087]
最高裁判所は控訴審の判決を破棄し、コモン・ロー上の争点がある場合には、エクイティ上の争点を審理する前に、コモン・ロー上の全ての事実問題について陪審の審理に付さなければならない、と命じた。この判決は2つの原則を明らかにした。(1)エクイティの管轄権の範囲は競合するコモン・ロー上の救済・手続きに照らして判断されなければならず、(2)同一の訴訟手続で、コモン・ロー上の請求とエクイティ上の請求が共に存在するときは、最初に陪審によって審理されなければならない。それは、「クリーンアップ法理」の否認であった。(注62)
(注62)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)pp. 505 – 7
[1-088]
1962年のDairy Queen事件(注63)は、原告、McCullogh partnership(以下、「McCullogh」という。)と被告、Dairy Queen, Inc.(以下、「Dairy Queen」という。)の間で、商標の使用許諾契約の違反に関して争われた事件である。(注64)
(注63)Dairy Queen Inc. v. Wood, 369 U.S. 469, 62 S Ct. 984, 8 L. Ed, 2d 44 (1962)
(注64)(Glannon, Perlman & Raven-Hansen 2021) p. 1027 - 31. (Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 508
[1-089]
McCulloghは、「DAIRY QUEEN」という商標を所有し、これを他の当事者(「ライセンシー」)にその使用を許諾した。ライセンシーは、当該商標の使用をDairy Queenに再許諾した。Dairy Queenは、ペンシルベニア州の特定の地域で商標を使用する独占権について契約上の支払いを履行しなかった。McCulloghとライセンシーは、Dairy Queenの契約上の違反を理由に、ペンシルベニア州の東地区連邦地方裁判所に提訴した。
[1-090]
McCulloghとライセンシーは、次の3つの請求をおこなった。(1)Dairy Queenがフランチャイズおよび商標の将来の使用または取引をおこなうことを差し止める仮差止命令(temporary injunction)および本案的差止命令(permanent injunction)の請求、(2)Dairy Queenが支払う義務がある正確な金額の計算(accounting)の請求およびその計算に関する判断の請求、(3)Dairy Queen が自己の販売地域内の直販店からの販売金額の回収の差止命令の請求。
[1-091]
これに対して、Dairy Queenは、(1)契約に違反していない旨、(2)請求が時効によって消滅している旨、(3)主張されている契約上の違反は反トラスト法に反する旨、を主張し、連邦民事訴訟規則の規則38 (b)に従い、陪審を受ける権利を要求する訴答を提出した。
[1-092]
ペンシルべニア州の連邦地方裁判所は、提出された訴訟は完全にエクイティ上の訴訟であり、完全でなくても、提出されているコモン・ロー上の争点はエクイティ上の争点に付随する(incidental)ことを理由に、陪審を受ける権利に対するDairy Queenの要求を認めなかった。地方裁判所は、いわゆる「クリーンアップ法理」を採用したのである。Dairy Queenは、この裁判官の判断の無効を命令する執行令状(mandamus)を第3巡回控訴裁判所に求めたが、控訴裁判所はこれを拒否した。Dairy Queenは最高裁判所に令状(certiorari)を求めて上告する。
[1-093]
連邦最高裁判所は、Dairy Queenの令状の要求を受理し、Beacon事件の先例を引用し、Beacon事件の判断は、コモン・ロー上の争点がエクイティ上の争点に付随しているか否かにかかわりなく適用されると判示し、陪審審理の要求がなされた場合には、提起された訴訟にコモン・ロー上の争点が存在するときは、その争点について最初に陪審によって審理されなければならない、と判示した。最高裁判所は提起された争点が当該請求に存在するか否かを検討し、McCulloghとライセンシーの(2)Dairy Queenが支払う義務がある正確な金額の計算(accounting)の請求およびその計算に関する判断の請求は、負債・金銭損害賠償にかかわるコモン・ロー上の争点であると判断し、本訴訟は、憲法が保障する陪審審理を受ける権利が認められなければならない、と判示した。
[1-094]
Beacon事件では、Foxの請求とBeaconが提示した反訴による争点は、契約に基づく映画配給の方法の合理性に関するものであり、コモン・ロー上の争点であった。Foxが求めた宣言判決は、Declaratory Judgment Act 1934(1934年宣言的判決法)により、連邦民事訴訟規則Rule 57で陪審審理を受ける権利が保障されている。(注65)「クリーンアップ法理」に基づいて決定されたとしても、その訴訟の基本的な性質はコモン・ロー上の訴訟と決定されるべき訴訟であり、陪審審理に付されるべき訴訟であった。(注66)Dairy Queen事件において、連邦最高裁判所は、「クリーンアップ法理」を完全に否定し、Beacon事件によりながら、その訴訟の基本的な性質がエクイティ上の請求かコモン・ローの請求か否か、いずれの請求の他方の請求対する付随性の有無にかかわらず、その訴訟にコモン・ロー上の争点があるときは、コモン・ロー上の争点を最初に審理するために陪審に付さなければならず、陪審に付さないことは憲法上の陪審審理を受ける権利に違反することになる、とする立場を明示した。陪審審理を受ける権利は、連邦最高裁判所のこの2つの判決で著しく拡大されることになった。
(注65)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)pp. 502 – 3
(注66)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 508
[1-095]
今日、アメリカにおいて、コモン・ローとエクイティの区別は、陪審審理を受ける権利の有無を判定する境界線として機能している。1958年以降、陪審審理を受ける憲法上の権利は拡大されることになった。エクイティは、コモン・ローを補完するために始まった。コモン・ローとエクイティの関係は、歴史的には、コモン・ローの救済が尽きたときからエクイティの救済が始まるといってよいであろう。[1-070]や[1-071]でみたように大法官の個性によってエクイティの拡大を図るような歴史的な事件を経験しながらも、コモン・ローのエクイティに対する優位性は変わることはなかった。エクイティが生み出した法制度もある。しかし、原則として、コモン・ローの優位性は、1066年のいわゆるNoman Conquest以降のイギリスの法制度に通底する思想であろう。陪審審理を受ける権利は、コモン・ローの創造とともに始まり、コモン・ローの創造の当初からコモン・ローに付着している。イギリスのコモン・ローがアメリカに継受されたとき、イギリスにおける陪審審理を受ける権利もコモン・ローとともに継受され、アメリカの地で、陪審審理を受ける権利は憲法上の権利に高められ、しかも、アメリカの連邦と州との特異な関係のなかで、連邦憲法上のおよび州憲法上の権利として、それぞれの裁判所で擁護されている。民事裁判における陪審審理を受ける権利は、アメリカ合衆国の特異な法現象となっているということができよう。
[1-096]
しかしながら、アメリカにおける民事訴訟における陪審審判を受ける権利はこのように保障されているものの、民事の陪審裁判は激減しているといわれている。その理由の一つに、陪審審理を受ける権利を契約であらかじめ放棄する例が増えていることが挙げられている。(注67)
(注67)(Friedenthal, Kane, Miller & Steiman 2021)p. 490
[1-097]
契約両当事者は、交渉の過程で、紛争が生じた場合の対策として様々の条項を契約書に挿入する。その一つに、ここで取り上げてきた陪審審理を受ける権利にかかわる条項がある。いわゆる「陪審放棄条項(jury waiver provision)」である。いずれかの契約当事者が陪審の放棄を望む場合に、この条項が交渉の対象として上がってくる。契約書の裁判管轄権の条項で、アメリカ合衆国のいずれかの州の連邦裁判所が選択されるとき、連邦民事訴訟規則Rule39 (d)によって、陪審審理を受ける権利をあらかじめ放棄することができる。この規定を援用し、契約書で陪審放棄を定めることが増えているといわれている。多くの契約書に規定される条項は、「ボイラープレート(boilerplate)」といわれる。次回は、「アンビギュイティ(ambiguity)とボイラープレート(boilerplate)」と題し、ボイラープレートを検討する予定にしている。その時に、この「陪審放棄条項」も取り上げる。その際、ボイラープレートに関する著名な書物である(Stark 2003)の「Chapter 7 WAIVER OF JURY TRIAL」(注68)に例示されている、以下の条項を参考にしながら検討する予定である。その条項をここに掲げる。
| Each party, to the extent permitted by law, knowingly, voluntarily, and intentionally waves its right to a trial by jury in any action or other legal proceeding arising out of or relating to this Agreement and the transactions it contemplates. This waiver applies to any action or legal proceeding, whether sounding in contract, tort or otherwise. |
| (Stark 2003) p. 163 |
(注68)(Stark 2003)Tina L. Stark, NEGOTIATION AND DRAFTING CONTRACT BOILERLATE, ALM Publishing 2003, pp. 145ff

