契約書翻訳の規定の解釈 ―「shall」を中心に―(第2回)

判例の検討

 契約書での「shall」の誤用・濫用、規定の性質の曖昧性により、アメリカの裁判所で契約書の解釈に争いが生じている。「契約書翻訳の解釈」に参考となると思われるので、2つの事例を取り上げる。

 1つは、「shall」の誤用・濫用が遠因となって契約書全体の規定が曖昧となり、「義務」規定か「条件」規定かが争いとなった事件である。

 他に1つは、「受動態」で表現された規定の解釈が問題となった事件である。「8つの規定の検討」のところで取り上げるように、契約書の「規定」によっては能動態で表現しなければならないものがある。この判例は、契約書翻訳の解釈にとっても参考になる。

【Grumpy Cat Ltd v. Grenade Beverage LLC】事件

 事件は、米国のカリフォルニア州で起こった。Grumpy Cat Ltd v. Grenade Beverage LLC (C.D. Cal. May. 31, 2018) だ。この事件は、インターネット・ミーム(viral Internet meme)となったTardar Sauceという名前の飼い猫をGrumpy Catの名称で著作権と商標権を登録し、ライセンスを許諾した会社Grumpy Cat Ltd(ライセンサー)が、Grumpy Catの登録著作権と商標権にかかる名称と画像を使用する会社Grenade Beverage LLC(ライセンシー)に対して、両当事者の締結したライセンス契約書に規定する許諾製品である「a line of Grumpy Cat-branded coffee products(=iced coffee products)」以外の商品の「non-alcoholic beverages」にもGrumpy Catの名称と画像を付して販売していると主張して、知的財産権の侵害を理由に損害賠償を求めた事件である(他にcybersquatting(ドメイン名先占)に関する請求があるが、ここでは取り上げない)。

 裁判所で、両当事者が締結していたライセンス契約書の規定の解釈が争いとなった。ライセンス契約書第2条(a)で、Grumpy Cat LtdはGrenade Beverage LLCに対して、許諾製品を使用する「ライセンスおよび権利」を許諾していた。その許諾製品は、ライセンス契約書第1条(b)で、「a line of Grumpy Cat-branded coffee products, or other additional products within the Product Category that may, upon the Parties’ mutual approval, be marketed hereunder」と定義されている。なお、「Product Category」とは、第1条(a)で、「non-alcoholic beverages」と定義されている。

 裁判所で「upon the Parties’ mutual approval」の解釈が争いとなった。つまり、この規定が「義務」を表わしているか、または「条件」を表わしているか争いとなったのである。

 その規定が「義務」を表わしているとすれば、つまり、「non-alcoholic beverageを販売する前に承認を受けるという約束でnon-alcoholic beveragesの独占ライセンスをGrumpy Cat LtdはGrenade Beverage LLCに対して許諾した」、言い替えると、本独占ライセンス契約に基づき、本商品の種類の他の追加製品を販売する場合には、両当事者の相互の承認がなければならない、と解釈することができれば、被告(Grenade Beverage LLC)はライセンス契約により知的財産権の「ライセンスおよび権利」は既に許諾されているので、Grumpy Catの名称・画像を該当の[non-alcoholic beverages]内の他の商品に付して販売するとき、その承認が必要となる。その場合、その承認を受けなかったことによる契約の違反の責めは免れないけれども、独占ライセンス契約により知的財産権は既に付与されているのであるから、知的財産権侵害とはならない。

 一方、その規定が「条件」を表わしているとすれば、つまり、「non-alcoholic beverageが承諾されるまで追加のnon-alcoholic beverageは独占ライセンスから排除される」、言い替えると、両当事者の相互の承認があることを条件に、other additional products within the Product category (=non-alcoholic beverages)は独占ライセンスを許諾される、と「条件」に解釈されるのであれば、被告は、まだライセンスが付与されていない商品であるnon-alcoholic beverages内の他の商品を販売したことになり、知的財産権侵害の責任を問われることになり、膨大な損害賠償金を支払わなければならなくなる。

 裁判所は、契約書の全体(from the four corners of the instrument)から、「条件」規定と解釈した。

 この紛争は、規定の曖昧性に起因する。ESPENSCHIEDは、問題となった句をif節で表わしていたら紛争は回避されていたであろう、という(4)。問題となったライセンス契約書をみると、shallの誤用が目立つ。それぞれの規定の性質が、いわゆる「性質決定語」で、明確に定められていたら、裁判所で争われるような事件ではなかったと思われる。

 被告Grenade Beverage LLCの主張は認められなかったけれども、先例を引用し、「曖昧な規定は条件ではなく義務と解釈される」と主張しているのが気になる。そこで争われた契約書の規定は、翻訳された契約書の規定ではないけれども、ここで検討しようとする「契約書翻訳の解釈」に極めて参考になり、教訓となる。

【East Texas Copy Systems, Inc. v. Player】事件

 後で述べるように、ADAMS & CRAMERの分類による8つの規定のなかには、主語を契約当事者として能動態で規定しなければならないものがある。そうしないと、論理上、意味論上、成立しない規定となるものがある。

 受動態で記載された規定が問題となった事件に、アメリカ合衆国テキサス州で争われたEast Texas Copy Systems, Inc. v. Player (Tex. App. 10 No. 216) がある。「契約書翻訳の解釈」にも、参考になる。

 この事件は、被上訴人Jason Player(「Player」)が自己の事業を上訴人East Texas Copy Systems, Inc.(「Copy Systems」)に売却した。その売却に際し、資産購入契約書(Asset Purchase Agreement「APA」)と非競争契約書(Non-compete Agreement「NCA」)が締結された。その際、PlayerはIT ManagerとしてCopy Systemsに雇用され、両者の間で雇用契約書(Employment Agreement)が締結されたが、その雇用契約書にも上記のNCAが添付されている。その後まもなく、PlayerはCopy Systemsを辞め、競業会社を再開した。上記のAPA、NCA、雇用契約書添付のNCAには同一内容の競業避止条項の定めがある。裁判所で、その競業避止条項の解釈が争いとなった。

 その競業避止規定は、(1-1)のように定めていた。本契約書の契約日は2013年7月1日となっている。Playerは、契約書の終了の通知の定め(60日前の書面の通知)に従い、2015年4月29日に通知して2015年6月30日に辞職し、直ちに競業会社を再開した。Copy Systemsは競業避止規定に違反すると主張した。Playerは、trial court(第一審裁判所)に競業避止条項に違反しない旨の確認を求めた。Copy Systemsは、Playerの契約違反を理由に、損害賠償の請求を求めた。Playerが一審で勝訴した。Copy Systemsが契約書の競業避止条項に関する一審の解釈を争って上訴したのが、ここで検討する上訴審の見解(opinion)である。

(1-1)If Jason Player’s employment with Buyer is terminated prior to two year [sic] from the date of this Agreement for any reason other than a for cause termination, this Non-Compete clause will no longer binding.
(1-2)Jason Playerと買主との雇用関係が、本契約日後2年内に、終了事由以外の事由で終了するときは、競業避止条項は、効力を有しない。

(注記:引用は、通し番号で付す。以下、(x-1)と(x-2)並べて記載されているときは、前者が原文、後者がその訳文である。訳文は特に記載のない限り、筆者の「試訳」である。

 上訴裁判所で、(1-1)の条項の「受動態」の解釈が争いとなったのである。この規定は、ADAMS & CRAMERの規定の分類に従えば、④「条件」規定である。この条項は、「解除条件(condition subsequent)」を定めている。本事案の場合、Playerの雇用関係が2015年7月1日までに終了することを条件に、NCAの効力は生じなくなる。Playerの雇用関係が2015年7月1日までに終了した事実は、両当事者間に争いはない。Copy Systemsは、(1-1)は、Copy SystemsがPlayerの雇用関係を終了させた場合に適用される規定である、と解釈すべきと主張した。この規定は、「is terminated」と受動態で表現され、しかも受動態の行為者を表現する「by + 行為者」が欠けている。Copy Systemsは、(1-1)の規定は、2013年7月1日から2年の間に、PlayerがCopy Systemsに解雇されるのを防ぐための規定であり、したがって、Playerが自ら辞職した場合には適用されない、と主張したのである。

 Copy Systemの主張は裁判所では認められなかった。

 ADAMSは、契約書の文は、受動態が適切でない限り、能動態を使用すべきであると主張し、受動態で書く場合に「by + 行為者」の記載を忘れて予想外の結果となる例として本判例を取り上げている(5)

 ここでは、契約書の規定が、受動態で書かれたことによって、実際に裁判所で争われたことが重要である。裁判で争われるような契約書は、契約両当事者に多大の損失を与える。

引用文献

(4) ^ LENNE EIDSON ESPENSCHIED, CONTRACT DRAFTING Powerful Prose in Transactional Practice Third Edition, American Bar Association, 2019, p.102-103 (以下「ESPENSCHIED」)

(5) ^ Kenneth A. Adams, A Manual of Style for Contract Drafting, FOURTH EDITION, American Bar Association, 2017, [3.11] – [3.21](以下「ADAMS」)

Follow me!